Vol.07金のES 銀のES

沼のほとりで、ひとりの学生がESを入力していました。
「くそっ。どうしてうまく書けないんだろう」
苦労して書いた自己PRも、どこか上っ面に思えてしかたがない。イライラした学生の手についよけいな力が入り、ESは吹っ飛んで沼の中。「しまった!」叫んだ時にはもう、あとの祭り。
その時、急に水面が輝き出しました。固唾を飲む学生の前に、沼の中から就活神が姿を現しました。
「あなたが落としたのは、この金のESですか。それとも、銀のESですか」
就活神の両手には、それぞれまばゆく輝くESが。
「それは、ふつうのESと何がちがうのですか」
「どちらも選考通過率100%。あとは素材のちがいです」
だったら金でしょ。「私が落としたのは金の……」言いかけて、学生はこらえました。

「就活神さま。私が落としたのは金のESでも銀のESでもありません。ふつうのESです。いえ、ふつうですらありません。マニュアル通りの、心のひとかけらも入っていない、臆病な、企業の顔色ばかりをうかがった、くだらないつまらないESなんだ……!」
学生はがっくりと膝を突き、両手を握りしめました。頬を、悔し涙が伝いました。
就活神はにっこりと微笑みました。
「卑下することはありません。誰だって、はじめはそうなのです。自己分析に悩んだなら、友人や家族の意見を聞きなさい。客観的な意見が、あなたに新しい発見をもたらすでしょう」
そう言い残して、就活神は沼へと消えていきました。

「金と銀のESをくれる流れじゃなかったのかよ……」
うなだれた学生がふと気づくと、その手には沼に落としたはずのESが握られていました。そしてそこに、こう追記されていたのです。
正直なあなたの心こそが金なのです、と。

それからというもの学生は、「私は友人から、金の心を持っていると言われます。なぜなら」という枕詞から、自己PRを始めるようになりました。