プロジェクト紹介

ETロボコン 編

No. 004

両備システムズ
ETロボコン

プロフィール

河内 一弘

1990年入社

河内 一弘

開発両備システムズ システム開発統括部 技術開発戦略室 品質管理グループ 課長

「ETロボコン」の世界へのいざない

「楽しそうだな……」。河内がポロッと呟いた言葉を、彼の上司であるマネージャーは聞き逃さなかった。ポンと肩を叩かれ、振り返るとマネージャーは、「河内もやりたいってことだな」とにやっと笑った。こうして2009年秋、「ETロボコン」の地区大会へ応援に駆けつけていた河内は、マネージャーの目論見通り、「ETロボコン」の世界に引き込まれたのだった。

「ETロボコン」は、正式名称を「ETソフトウェアデザインロボットコンテスト」と言い、「組込みシステム」分野における技術教育をテーマに、決められた走行体で指定コースを自律走行する競技。同一のハードウェア(LEGO Mindstorms ™)に、 「UML(※)」等で分析・設計したソフトウェアを搭載し競うコンテストだ。

※UML(統一モデリング言語 Unified Modeling Language)とは、オブジェクト指向のソフトウェア開発において、データ構造や処理の流れなどソフトウェアに関連する様々な設計や仕様を図示するための記法を定めたもの。

「楽しそうだな」をきっかけに、
空きスペースにコースを設置し、
試行錯誤を繰り返す日々が始まった

河内 一弘

両備システムズの「ETロボコン」プロジェクトは、河内が所属するソフトウェア事業部内の有志メンバーで結成された社内サークルのような位置づけで、定時外の課外活動である。河内は2010年の大会に向けて組まれた2チームのうち1チームを率いることになった。本社オフィス内の空きスペースにコースを設置し、試行錯誤を繰り返す日々が始まった。

雪辱を果たし、両備時代の礎を築く

「そんなひょんなきっかけで参加した、『ETロボコン2010』でしたが、自分なりにがんばったものの全国大会まで行けなかったんです。事業部みんなの悲願だっただけに、私も悔しくてしかたなかったんです。もともと2009年・2010年の2年間限定で、みたいな話もありましたが、未練もあったのでマネージャーにかけあったら、もう1年だけチャンスをもらえることになったんです」と河内は振り返る。

そんな経緯もあり、「ETロボコン2011」に臨む河内はまさに背水の陣。今回は1チームにメンバーを集中させ、河内はリーダーとして彼らをひっぱっていった。「昨年の敗因はわかっていました。一言で言えば研究が足りていなかったんです。好成績を出しているチームがどこに力を入れているかを冷静に分析することから始めました」。

地道なくり返しがモデルを洗練させ、
競技の完成度を上げていく

河内 一弘

さらに河内は、プロジェクトの進め方も抜本的に変えた。論理的思考のロジカルツリーを活用し、何か問題が発生するたび、事象を丁寧に分解し、複数要因からなる問題も一つひとつ紐解き、対策を打っていった。「その地道なくり返しが、モデルを洗練させて、競技の完成度を上げていくんです」。大会本番が近づく頃には、「今年はいける」河内にはそんな予感が芽生えていた。

河内の予感は確信へと変わった。ブラッシュアップをくり返したモデルが高く評価され、審査で「エクセレントモデル」という最優秀賞を獲得し、競技での結果と合わせ、中四国大会で優勝を遂げたのだ。両備システムズは、ついに全国大会へと駒を進める。

「会場であるパシフィコ横浜には全国から集まった精鋭、そして、何百人もの観客が来場し、すごい熱気。高揚感でいっぱいでした」。最終的に全国で18位という結果を修め、目標を達成した河内は、選手としての引退を決意する。

しかし、それは「ETロボコン」との別離を意味するものではなかった。引退と同時に、「ETロボコン実行委員会」に加わることになったのだ。

「もともと運営側も楽しそうだなと思っていたんです。けっこう前から誘われていたのですが、自分の中で選手としてやりきった感がない中でやっても身が入らないだろうと、待ってもらっていたんです」河内は、知らず知らずのうちに「ETロボコン」の魅力にとりつかれていたようだ。

チームの成長は王者の貫禄をまとう

一方、王者となった両備システムズ「ETロボコン」プロジェクトも、継続が決まっていた。河内も「実行委員会側ですから利益供与になってはいけませんが、OBとしてそれに当たらない範囲での指導は行いました」と中立な立場から、プロジェクトを見守る。

そんな中、両備システムズ「ETロボコン」プロジェクトは大胆な手を打ち、話題を呼ぶ。それは、当時かなり珍しい、「女性のみのチーム」の結成であった。しかも、話題先行に終わらず、そのチームは中四国大会で優勝を遂げ、地区大会二連覇を達成。さらに、全メンバーを一新した2013年も優勝し、三連覇。「ETロボコン」界に「中四国に両備システムズあり」という名を刻んだ。

『若手教育』がスムーズに回り、
チームがぐんぐん成長していった

河内 一弘

「この連覇は、女性チームの代が、みんなで教育資料を磨き上げてくれて、結果すごい教材ができたんですね。代々それを使ってレクチャーしていったので、『若手教育』がスムーズに回り、チームがぐんぐん成長していったからだと思います」。河内はそう分析する。

そして、大会レギュレーションが変わった2014年にも、4連覇を達成。ここではそんな王者の貫禄を見せたエピソードがある。本番において、両備システムズチームがせっかく難所をクリアしたにも関わらず、トラブル発生により再走になってしまった。再走に際して、観客の誰もが「あの難所は、さすがにもう一回クリアすることはできないだろう……」という空気の中、見事二回目も難なくこなしてみせたのだ。そんな運に頼らないたしかな実力を知らしめ、IPA賞を受賞、満場一致で信頼性・再現性が賞賛されたのだ。

ETロボコンが、人を夢や目標へと導く感動を教えてくれた

さて、実行委員会としての河内の活動にも触れておこう。2014年から河内は中四国地区の運営委員長に就任し、大会の運営・審判、モデルの審査やフィードバック、ETロボコンの勉強会の企画・運営・講師を担当している。

「『自分の刺激になるかな』と思って始めた実行委員会でしたが、想像以上にいろいろな経験ができています。他の会社の方や学校の先生などとコミュニケーションするうちに、たくさんの気づきがもらえるし、これまで知らなかった世界に触れることができます。そんな広がった視野・視点を、会社の業務にフィードバックしていけている実感があります」と、河内は成長をかみしめる。

あたりまえだと思っていたことに
価値がある

河内 一弘

社会人になると、自分の行動範囲が世界のすべてになりがちですよね。そして、自分の会社しか知らないと、ついつい『正解は一つ』と思い込んでしまいますが、実際はそうじゃないわけです。『自社の常識は世間の非常識』というやつですね。外から眺めることによって、良いところも悪いところも見えてきて、『あたりまえだと思っていたことに価値がある』ということに気付くこともしばしば。結果、ますます両備システムズグループのすごさを思い知ることになっています」。

こうした自身の成長の他に、もう一つ大きな収穫があったと河内は語る。「それは、『ETロボコン』参加者の皆さんから必要としてもらっていること。たとえば、ありがたいことに『河内さんの講演やレクチャーが聞きたい』と楽しみにしてくれている人がいるんです。そういう人たちの期待に応えていきたいなと。学生さんでも「将来エンジニアになりたい」という明確な夢や目標を持っている人がたくさんいるので、私ができることを通して、少しでも力になっていきたいんですね」。

2016年春のある日、河内は広島県福山市へ向かっていた。「ETロボコン」勉強会の講師を務めるためだが、その足取りはいつもより軽かった。「実は、かつて学生として参加してくれた子が、東京のメーカーに就職した後も『ETロボコン』を続けてくれて、なんと今日は講師としてレクチャーしてくれるんです」。河内はそんな教え子の成長した姿をさらなるモチベーションとして、「想いをつないでいくリレー」の感動連鎖をこれからも生み出していくのだろう。

  • ETロボコン勉強会
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ETロボコン勉強会の様子

メッセージ

メッセージ

河内 一弘

学生時代って、いろいろなことにチャレンジできるチャンスがあるんですよね。どんな経験をしても、どんな失敗をしても糧になる、そんな特権があると言ってもいいくらい。だから、その特権があるうちに、一つでも多くチャレンジをして、一つでも多くの失敗を経験してください。その失敗が社会に出てから、必ず役に立つはずです。

参考までに、私の学生時代の失敗談をご紹介しておきます。当時私は、文化系サークルを統括する本部役員を務めていました。ところが、大学祭という文化系サークルの晴れ舞台に際して、これまで人をまとめた経験のなかった私は、指示を出せず、周囲から「何やってんだ」と非難を受けてしまったんです。完全に孤立状態です。

なんとかしなければと、なりふりかまわず、人に聞いたり、頭を整理したりして、一つひとつ片付けていった結果、少しずつ組織が回り始めました。なんとかイベントも無事実施できて一安心。本当に失敗から多くのことを学べたわけです。もしこの経験がなかったら、きっとマネジメントなんてできなかったでしょう。うまいことやろうとして、やらないよりは、思い切って踏み出してみてください。

――河内 一弘